そこに、AIはあるんか

AIのおかげで、仕事が、本当に速くなりました。

私の仕事でいえば、提案書や報告書の作成です。以前なら、表を作り、グラフを整え、体裁を整えるだけで、ずいぶんな時間がかかっていました。それが今は、AIに頼めば、あっという間に形になる。正直、助かっています。

そして、お客様のほうも、なんとなく気づいておられるはずです。「この人、AIを使ってるな」と。

そうなると、こういう視線が生まれます。

――そこに、AIはあるんか。

つまり、こういうことです。「AIでパッと作ったんでしょう」「じゃあ、そんなに手間はかかっていないよね」。そう思われても、無理はありません。私だって、逆の立場なら、そう感じるかもしれない。速く、きれいにできあがったものは、どうしても、簡単にできたように見えるものです。

もちろん、実際には、そんなに単純ではありません。AIをうまく使うには、それなりの勉強も、工夫も要ります。どう指示すれば、思った通りのものが出てくるのか。何度も試して、覚えていく。――でも、その手間は、成果物には、写りません。うまく使いこなすほど、苦労は、見えなくなる。これは、AIを使う人みんなが、これから直面することだと思います。

ただ、私は、そこで「いや、努力してるんです」と言い張っても、あまり意味がないと思っています。

そのかわりに、自分にこう問うことにしました。

――そこに、愛はあるんか。

お客様が「そこにAIはあるんか」という目で見るのなら、こちらは、「そこに愛はあるんか」と、自分の成果物を見つめ直せばいい。そう考えたのです。

たとえば、こんなことをしています。

FPの提案書を作るとき、私は、その方との雑談を思い出すようにしています。以前、ヒアリングの中で、キャンプがお好きだという話が出てきた方がいました。「いつかキャンピングカーを買いたいんです」と、少し嬉しそうに話しておられた。

そこで私は、提案書の表紙に、キャンピングカーのイラストを入れました。

もちろん、私に絵は描けませんから、これもAIで作ります。時間にすれば、ほんの数分です。でも、その数分には、「あの話、覚えていますよ」「喜んでもらえたらいいな」という気持ちが、入っている。

大したことではありません。効率だけを考えれば、まったく必要のない、余計な一手間です。

でも、私は、この一手間こそが、これから大事になると思っているのです。

なぜなら、AIが速く、正確になればなるほど、「速くて正確なもの」の価値は、下がっていくからです。誰が作っても、同じくらい速く、同じくらいきれいなものが出てくる。そうなったとき、最後に残るのは何か。

この人は、自分のことを、ちゃんと見てくれている。

その感覚だけは、AIには出せません。というより、AIをどう使うかを決める、その人の気持ちの中にしか、宿らない。同じAIを使っても、目の前の人を思って一手間を加える人と、加えない人がいる。その差が、そのまま、受け取る側に伝わってしまう。

効率化は、進めればいい。私も、どんどん進めます。手間が減って、時間が空くのは、いいことです。

ただ、その空いた時間で、何をするか。

私は、そこに、愛を込めたいと思っています。相手の顔を思い浮かべて、一手間を加える。その一手間が、たぶん、これからの時代に、価値と呼ばれるものになる。

だから、これからAIを使う方には、一つだけ、お伝えしたいのです。

効率よく、速く仕上げた、その成果物を、最後にもう一度、眺めてみてください。そして、自分に、聞いてみてほしいのです。

そこに、愛はあるんか。